落研なんて・・・いるよ、夏

小学生の頃の夏休み、お中元か何かでカルピスの詰め合わせをもらった。
お中元だし、詰め合わせなので、大きめの瓶に入っているタイプ。
早速瓶を包む水玉模様の銀紙をはがして、飲んでみる。


…なんか、異様に甘ったるい。知っているカルピスの味とだいぶ違う。
心なしか、いや明らかにドロドロする。


「このカルピス、変だんけど」
私は危なそうなものはとりあえず祖母に味見させる。祖母は食べ物飲み物について、賞味期限なんかを超えたカンを持つ。祖母が「やめたほうがいい」という判断を出したら、私も食べないし飲まない。
祖母によって、そのカルピスはやっぱり「危ない」という答えを出された。


ところで、うちの家族は乳製品に弱い。なんでもないヤクルトを飲んでみんながお腹を壊したこともある。
だから、牛乳以外の乳製品は極力買わない。(牛乳は何が何でも1日1本飲まなければならない、というのがなぜか我が家のルールだった)
ということは、カルピスをうちの家族がすすんで買うことはほぼ皆無だったのだ。


何が言いたいかというと、うちの家族はみんな「水で薄めて飲むカルピスがある」という事実を知らなかった。
ラベルを見ればわかるだろ、という話だが、カルピスはそのまま飲めるに決まってる、とみんな思っていた。
瓶のカルピスは大概薄めて飲むタイプである。原液のカルピスなんか、甘すぎて飲めやしないに決まっている。


我が家に常識があれば「危ない」という評価をもらう必要なんてなかったカルピスは、どうなったんだろうか?
私はその日以来、カルピスの瓶を見ていない。祖母は「危ない」ものには容赦ない。
あのカルピスたちは、勿体ないこと、になってしまったのだろうと思う。


それからスーパーや自動販売機でカルピスを見ても、しばらくはそのことを思い出してどうしても手を伸ばせなかった。
「カルピスウォーター」の存在を知ったときは、自分の世界が5分の1くらい変わるくらい感動したと思う。
薄めなくてもいいカルピスがあるんだ、安全なカルピスがあるんだ、と。


それでも未だに、カルピスもカルピスウォーターもちょっと苦手だ。
味とか関係なく。
カルピス、と聞いて真っ先に思い出すのは、10年くらい経った今でも、あのとき飲んだ原液のしつこい甘さとどろどろだ。
暑くて喉を潤そうと思って飲んだら期待していたのとは全く違っていた気持ち悪さ。
それからしばらく、お腹を壊すんじゃないかとびくびくしたこと。


記憶の種類はいろいろあるけど、楽しい記憶や悲しい記憶よりも、そんなカルピスみたいな記憶の方が頭に強く残っているような気がする。
はっきりした意味も教訓も与えてはくれないけど、妙に生々しい記憶。
でも、確かにいまの自分を形づくっている記憶。


そして夏は、そういう記憶が最も生まれやすい季節なんじゃないだろうか。
うまく説明できないけど。


今年の夏は、何を記憶することになるだろう?

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

落研の愉快な仲間たち

Author:落研の愉快な仲間たち

公式ホームページはこちら

Twitter
ブログ内検索
最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

リンク